このページは福山箏の紹介をしています。
日本一の福山琴の歴史
福山琴の歴史は、元和五年(一六一九)水野勝成(徳川家康のいとこ)が福山に城を築いたころに始まると言われています。江戸時代の城下町では、武士や町人の子女の芸事が盛んであり、備後十万石の城下町福山でも水野・松平・阿部と続いた歴代藩主の奨励もあって歌謡、音曲が盛んに行われました。
江戸の終り、文化年間には京都で箏曲を伝授された、琴の名手葛原勾当が帰郷して備後・備中で活躍しました。その影響もあり福山を中心として、早くから琴が生産される土壌が出来たと言われています。
また、「春の海」で有名な箏曲家、宮城道雄の父菅国治郎は福山・鞆の浦の人で、先祖代々の墓は鞆の南禅坊と円福寺にあります。
そうしたことから「春の海」の舞台は宮城道雄が少年の頃よく訪れた、鞆の浦であると言われるようになりました。
全国生産量の70%を占め、楽器として初めて伝統的工芸品に指定された福山琴は、瀬戸の丁度真ん中に位置する、風光明媚な城下町、福山で生まれます。